2009年9月29日火曜日

miena(10)

miena は、本を読んでもらうのが好き。
このあいだは、池田あきこさんの、
ダヤンシリーズの「魔女がひろった赤ん坊」を、
読んであげた。
赤ちゃんがおお泣きするシーンで、
「miena に似てるね~」と言うと、
隣で聞いていたママが、即座に、
「そっくり!」
miena は、神妙な面持ちだ。
クライマックスにはいると、
テーブルの端をつかんで、体を緊張させている。
すこしこわいお話だったけど、
miena は、楽しかったようだ。
読み終わると、「もう1回」、と来た。

2009年9月28日月曜日

ルーツ

ひとのルーツは、宇宙だ。
だから、ひとは、時に、自らのルーツを失ったように感じ、不安になっても、
なにも心配に思わなくてよい。

2009年9月13日日曜日

主観と客観

人は、自分を客観視することなどできない。
つまり、「別の誰かの目」を持つことはできないのだ。
人には、主観しかない。
そして、その主観がちょうどいい具合に、 嵌まった時、
人は、客観を得たように思うのだ。
主観と客観が、ひとつの、
どちらでもない何かに生まれ変わる時。

言葉

話し言葉というのは、歌と同じだ。
同じ言葉(歌)でも、抑揚や、トーンを間違えれば、
耳障りな音となる。

その言葉が持っているはずだった、
美しい音色を失ってしまうのだ。

希わくば、すべての人が、
美しい音色で、言葉を話しますように。
すべての言葉が、美しい和音を奏でますように。

人と作品

作品を楽しむ時、
あなたは、彼を理解しようとしてはいないか?

人は、自分以外の人を本当に理解することはできない。
あなたは、彼自身ではないからだ。
そして、結局のところ、
あなたは、彼になることはできない。

だから、あなたは、ただ、その作品を愛すればよい。
その過程で、あなたは思い出すはずだ。
人はみな同じであることを。

祭典

人の心を惹きつける全てのもの、
娯楽、学問、芸術、スポーツ、政治、その他全てのもの、
それらは、この世界のフィクション、
この世界が形を変えた、フィクションなのであり、
祭典なのである。

居場所

どんな職業も、どんな性格も、
もともとあなたの体内にあった。

そして、それは、分散していく。
世界中の人々の中へと。

あなたは、すべてであり、
人々は、すべてだ。

そして、そのすべてが、
小さく分けられて、
わたしたちの中に、
居場所を見つけている。
居心地よさ気に。

記憶

記憶は影となり、
遠くで瞬いている。

行きかう光は、何か。
闇の中に、あまりに美しく、
涙誘う姿態で流れゆく。

人は何時、それを失ったのか。
何時、何がそれを思い起こさせるのか。
流れる水の底で、輝かしい音楽が、
あなたの耳に囁く。

今、それを思い起こせと。
今が、それを思い起こす時だと。

そしてまた、
水流の力に負かされて、
記憶は流れ去る。

遠く、遠くへと。
また、何時それが
わたしたちのもとにやって来るのかは、
光と水の同胞(はらから)である、
時だけが、知っているのだ。

2009年9月10日木曜日

オペラ

オペラ オペオペ。
オペラ ペラペラ。

さあ、オペラが始まった。
ライオンが美女を喰らい、
白鷺が天空を駆けぬけた。

白い犬が街中を走っていく。
黒い鶏を追いかけて。
ボールが、トン、トン、と犬に並走する。
小さな少女がやって来て、
赤い花を投げかける。

水路が濃紺の水を、黄金色に変色させ、
その中を、モモイロの魚が、
星影と競争している。

木々は、踊る。
風の楽奏に乗せられて。

オペラ ペラペラ 。
オペラ オペオペ 。

幕が上がり、
人々が歌い、
そして、幕が下りる。

オペラ オペオペ 。
オペラ ペラペラ 。

miena(9)

miena は、今日もご活躍。
自分より背の低い植物の幹を手に持って、
「登るー!」
じぃじの1番大切な万年筆の軸を折る。
ばぁばの1番大切なメガネのつるを曲げる。
でも、なんといっても、彼女の1番のご執着は、
「マンマ」、いや、「いいもの」。
「クッキー、クッキー、クッキー!」
貰えるまで、連呼する。
近頃では、こちらが隠れて食べていても、
しっかり、見つかってしまうから、
もう、あなたには、降参です。

2009年9月8日火曜日

miena(8)

miena は、わたしの部屋に来ると、
窓の下に置いた、マガジンボックス(雑誌は入っていない。戸棚代わり)
のフタを、パタパタ開け閉めするのが大好き。
このあいだ、わたしは、miena のムーミンのぬいぐるみを、
10コ並んでいるそのボックスの1つに隠して、探させた。
miena は、見事に見つけ出したが、
そのあとが、あった。
miena は、わたしに向かって、
「あっちむいて」と、のたまうと、
今度は自分がムーミンを隠して、
わたしに、探せと言う。
しかも、それは、1回では、すまなかったのだった。

パレード

お元気でお過ごしのことと思います。

先日、新宿でパレードがありましたね。
私、ちょうど買い物に行っていて、
目のあたりに見ることが出来ました。

素敵でしたよ!
象が何頭も豪華な飾りをつけて
練り歩いていました。
サルもいっぱいちょこちょこと
周りを駆け回っていました。

インド人とフランス人とオーストリア人と、
ロシア人と中国人が、民族衣装を身に付けて、
笑顔を振りまいていました。

様々なお国の食べ物が振る舞われていて、
わたしも、少しかじってみました。

南方の国の家庭料理で、
虹色の魚を豆と一緒にサラダ風に
調理したものが、初めてで、見た目も美しく、
美味でした。

知人に偶然会ったのですが、
ワインを両手に、
すこし酔っぱらって、ニコニコしていました。

秋に入り、暑さも和らぎました。
またお便りします。

男と女

男と女は、
鏡を境にして、生きている。

お互いに、相手を見ていながら、
反対側には行けない。

そして、実のところ、
相手は、自分の対称分子なのだ。

2009年9月3日木曜日

ソクラテス

いかなる状況に追い込まれても、
自分自身と誇りだけは、
失ってはならない。

しかし、命あってのモノダネ。
その点、ガリレオは、心得ていた。

しかし、それゆえにこそ、
ソクラテスの心意気に、
われわれは感動するのだろう。

2009年9月2日水曜日

美(2)

そして、美が、どのような姿を取って、
この世に現れるかは、誰にも分からない。
それは、極醜いものの姿をとって、
わたしたちを、欺くかもしれないのだ。

「美の特権は、絶大である」と、コクトーは言った。
なぜなら、人が無条件降伏するものとは、
美だけだからだ。

鑑識眼

あなたが目にしている、それは、
優れているかもしれない。
しかし、自分に沿うラインというものが、
別に用意されている。

人は、優れたものよりは、
自分のラインを選ぶ。

優れたものを選ぶのは、
批評家(鑑識眼)の仕事なのだ。

宵の散歩

夕暮れ時である。
道を降りていくと、
家々の谷間に、遠く、夜景が溜まっている。
シャンパングラスに注がれた、星屑のように。
どこからともなく、ドラムの音が聞こえて来る。
こちらは、空の星に合わせるように。
なぜなら、星たちは、ダンスをしたがっているから。
しばらく歩くと、
平らな道にでる。
横道から、フイと、人影が出てくる。
黒いシルエットだけが、わたしの目に映る。
小さい影が、前を行く。
そのうち、魔法使いの姿になっていく。
そのとたん、影は、また横道にフイと入ってしまった。
雨が降りはじめた。
犬を連れた青年とすれ違い様、
これにて、宵の散歩はお仕舞い、とばかりに、
家へ向かって走り出す。